- 複線型人事制度は、管理職だけでなく、専門職としてもキャリアルートを設計できる点が特徴です。
- 複線型人事制度を適切に設計・運用できれば、貴重な人材流出を抑制する一助となり得ます。
- コース間の比較による不満が、現場から生じやすくなります。

複線型人事制度の導入を検討していても、「本当に自社で機能するのか」という不安は尽きないものです。
「管理職になりたくない」という理由で優秀な若手や専門人材が離職してしまう──そんな切実な悩みを抱える人事担当者にとって、この制度は人材流出を防ぐ有力な解決策となります。
しかし、評価基準が曖昧なまま導入すれば、「専門職コースが働かないおじさんの受け皿になる」といった失敗を招くリスクもあります。



本記事では、失敗しないための制度設計の手順から、経営層を納得させるためのロジックまで、成功事例を交えて具体的に解説します。
複線型人事制度とは?定義とコースの種類





複線型人事制度とは、社員が自分の適性やライフスタイルに合わせて、複数のキャリアコースから進む道を選べる人事の仕組みです。
これまでの日本企業に多かった「出世=管理職」という単線的なルートではなく、「専門家として極める道」や「地域を限定して働く道」など、多様な選択肢を用意するのが特徴です。
各種調査では、「管理職になりたくない」と考える若手社員が多数派であることが明らかになっています。
また、管理職への抵抗感やキャリアへの不安が、キャリア形成への閉塞感や離職意向の高まりにつながるケースが報告されており、マネジメント志向の低下が組織運営にも影響を及ぼし始めていることが示唆されています。
そのため、企業は個々の強みを最大限に発揮できる環境を整えることで、人材の定着を図ろうとしています。
単線型人事制度との決定的な違い



多くの現場で、「現場が好きで管理職になりたくない」という優秀な社員が辞めてしまう問題が起きています。
従来の単線型人事制度は、新入社員から社長や部長を目指す階段が一つしかない仕組みでした。
一方で、複線型人事制度は、登るためのはしごを複数かけるイメージです。
管理職だけでなく、専門職としての高度なスキル発揮などを通じても昇給・昇格を目指せるキャリアルートを設計できる点が特徴です。
ただし、以下の表のように目的やゴールが大きく異なるため、それぞれの役割における評価基準を明確に区別しなければ、不公平感が生まれるリスクがあります。
| 制度の種類 | キャリアのゴール | 特徴 |
|---|---|---|
| 単線型人事制度 | 管理職(課長・部長など) | 全員が同じ基準で評価され、出世を目指す |
| 複線型人事制度 | 管理職・専門職・地域限定職など | 個人の適性に合わせて、評価基準や報酬が異なる |
組織運営を担う「マネジメント職」
組織の目標達成や部下の育成に責任を持つ、従来通りの管理職コースです。
いわゆる「課長」や「部長」として、チームをまとめ上げる役割を担います。
昨今はプレイングマネージャー化が進み、「自分の数字と部下の管理の両立で負担が重すぎる」という声も現場でよく聞かれます。
組織を動かすことにやりがいを感じる人材にとっては力を発揮できるコースですが、全員にこの適性を求めるのは現実的ではないという視点を持つことが、制度設計の第一歩です。
高い専門性を発揮する「専門職」
「部下の管理よりも、自分の技術を磨き続けたい」。
そんなエンジニアや研究職の要望に応えるのが専門職コースです。
特定の分野で高いスキルを発揮し、その成果で会社に貢献するキャリアパスを指します。
このコースの最大の特徴は、部下を持たなくても、知識や技術の深さが正当に評価され、管理職と同等の給与を得られることです。
ただし、単なる「管理職になれない人の受け皿」にならないよう、高いレベルの成果責任(ジョブディスクリプション)を定義し、厳しい基準を設けることが制度成功の鍵となります。
地域や業務を限定する「地域限定職(エリア)総合職」
地域や業務を限定する「地域限定職(エリア総合職)」。
介護や育児を理由に転勤ができない社員が増加傾向にある中、注目されているのがこのコースです。
勤務地や担当する業務範囲をあらかじめ限定して働くスタイルを指します。
「転勤なしで特定の地域で長く働く」、あるいは「営業職のまま職種を変えずに働く」といった条件で雇用契約を結びます。
実務上、転勤の有無に応じて給与水準を分ける企業も多いものの、職務内容や責任が実質的に同じ場合、同一労働同一賃金の観点から不合理な待遇差と判断されるリスクもあります。
そのため、業務範囲や責任の違いを職務記述書で明確化したうえで、処遇バランスを慎重に設計することが求められるのです。
複線型人事制度を導入するメリット


「優秀な技術者が辞めてしまう」「管理職のなり手がいない」──こうした人事課題に対し、複線型人事制度は構造的な解決策を提示します。
最大のメリットは、管理職以外の成長ルートを用意することで、社員一人ひとりの志向や適性に合わせたキャリア形成が可能になる点です。
個々の強みが活きる配置が実現すれば、結果として離職率の低下や組織全体の生産性向上が期待できます。
メリット(1)専門人材の適正評価と離職防止
「技術を極めたいのに、給料を上げるには管理職になるしかない」。
このジレンマこそが、エンジニアや研究職が離職する最大の原因です。
従来の評価制度はマネジメント能力に偏重していましたが、複線型人事制度では「専門性」そのものを評価軸に加えることで、この問題を解決します。
この制度を適切に設計・運用できれば、スペシャリストが納得感を持って働き続けられる環境づくりに寄与し、結果として他社への貴重な人材流出を抑制する一助となり得ます。
| 評価の観点 | 従来の単線型 | 複線型人事制度(専門職コース) |
|---|---|---|
| 評価対象 | マネジメント能力・部下の育成 | 高度な専門スキル・個人の成果 |
| 報酬基準 | 役職(課長・部長)に連動 | 管理職と同等の水準を設定可能 |
メリット(2)管理職以外のキャリアパス提示
近年、若手社員との面談で「責任が重くなるだけで魅力がないから、管理職にはなりたくない」という本音を聞く機会が増えています。
複線型人事制度は、「人の上に立つことだけが正解ではない」と企業が公式に認める仕組みでもあります。
特定の地域で貢献し続ける道や、プロフェッショナルとして独立した動きをする道などを示すことで、社員は将来に希望を持てるようになります。
重要なのは、単に選択肢を増やすだけでなく、それぞれの道でどのような成長や貢献が求められるかを具体的に明示することです。
メリット(3)多様な人材確保による採用力強化
昨今の採用市場において、複数の就職・転職調査では、「ワークライフバランス」「柔軟な働き方」「成長できる環境」などを重視する回答が9割前後に達しており、給与だけでなく、自分の価値観に合う働き方ができるかを軸に企業を選ぶ傾向が強まっています。
複線型人事制度の存在は、「多様な価値観を受け入れる柔軟な組織である」という強力なメッセージとなります。
こうした複線型のキャリアパスは、「全国転勤は避けたい」「専門性を高めたい」といったニーズを持つ候補者にも訴求しやすく、従来の画一的なキャリアパスでは惹きつけづらかった優秀層にアプローチしやすくなる一因となります。
採用難に苦しむ企業にとって、この制度を自社の魅力として採用ブランディングに活用することは、非常に効果的な戦略です。
メリット(4)ポスト不足による閉塞感の解消
組織が成熟すると、「課長の席が空かず、どれだけ頑張っても昇進できない」というポスト不足の問題が発生します。
この構造的な壁により、ベテラン層に停滞感や閉塞感が漂うことは珍しくありません。
そこで、役職とは別の「資格等級」や「マイスター制度」などを設けることで、ポスト数に依存しない評価と報酬アップの道を作ります。
組織の新陳代謝を促し、ベテランがモチベーション高く活躍できる場所を作ることは、その背中を見る若手にとっても「将来の希望」となる重要な施策です。
複線型人事制度のデメリット・注意点


導入を検討する際、「制度が複雑になりすぎて運用しきれないのではないか」と不安を感じる担当者も多いでしょう。



つまり、複線型人事制度は選択肢が増える分、管理する側の手間やコストが増加する傾向がある、ということです。
メリットだけに目を向けず、導入前にデメリットやリスクを深く理解しておくことが、制度の形骸化や運用不全を防ぐ第一歩となります。
事前に課題を把握し、対策を講じておけば、決して恐れすぎる必要はありません。
デメリット(1)評価基準や賃金制度の複雑化
「評価シートの種類が増えすぎて、どの基準で部下を評価すればいいか分からない」。



制度導入後に、こうした戸惑いの声が管理職から上がることがあります。
コースごとに異なる目標設定や評価項目が必要になるため、評価者である管理職にも高度なマネジメントスキルが求められるようになります。
従来の画一的な物差しは通用しません。
この複雑さを乗り越え、精緻な制度を運用できて初めて、社員一人ひとりの納得感が高い、公平な処遇を実現できる基盤が整います。
デメリット(2)制度設計と運用コストの増大
複線型への移行では、賃金テーブルや評価制度の見直しに伴い、人事システムの設定変更や就業規則の改定・届出が必要になるケースが多く、こうした手続きコストが積み重なりやすい点には注意が必要です。
以下の表のように管理すべき項目が多岐にわたるため、人事部門の運用工数は確実に増加します。
しかし、これを単なる「コスト」と捉えるのではなく、組織の競争力を高めるための「人的資本への投資」と位置づけるべきです。
長期的な視点でリソースを配分する経営判断が求められます。
| 比較項目 | 単線型人事制度 | 複線型人事制度 |
|---|---|---|
| 評価シート | 1種類(階層別のみ) | 複数種類(コース×階層別) |
| 賃金テーブル | 1つのテーブルで一元管理 | コースごとに個別の設計が必要 |
| 研修制度 | 全員一律の階層別研修 | コース別の専門スキル研修が必要 |
デメリット(3)専門職が「受け皿」になる懸念
失敗事例として最も多いのが、「専門職コースが、管理職になれなかった人の逃げ道になってしまった」という事態です。
専門職の定義が曖昧なまま運用され、本来求められる高い成果責任が課されていない場合に起こります。
結果として、高い給与をもらいながら成果を出さない「名ばかり専門職」が量産され、組織全体の士気を下げてしまいます。
導入にあたっては、厳しい認定試験や降格ルールを設け、安易なコース転換を許さない仕組み作りが不可欠です。
デメリット(4)コース間の不公平感が生じるリスク
「転勤がない地域限定職の給与が低すぎる」「専門職の方が気楽で給料が高いのはおかしい」。
こうしたコース間の比較による不満が、現場から生じやすくなります。
人間は他者と比較して自分の処遇を判断する生き物であり、どんなに論理的に制度を作っても、感情的な納得感がなければ機能しません。
各コースの役割の違いと、それに基づく報酬の根拠を粘り強く説明し、情報の透明性を高めることで、こうした不公平感を最小限に抑える努力が求められます。
失敗しない複線型人事制度の導入手順


「他社の真似をして制度を作ったが、現場が混乱して失敗した。」



そんな人事担当者の後悔の声を聞くことは少なくありません。
複線型人事制度の導入は、単なる規則の変更ではなく、企業の文化そのものを変える大きなプロジェクトです。
成功させるためには、現状の課題を正しく把握し、段階を踏んで慎重に進める必要があります。
ここでは、導入における主要なステップと、失敗を防ぐためのポイントを具体的に紹介します。
| ステップ | 実施内容 | 重要なポイント |
|---|---|---|
| 1. 現状分析 | 離職率やサーベイデータの分析 | 経営層と現場で課題認識を統一する |
| 2. 要件定義 | 各コースのスキル・役割の言語化 | 「名ばかり専門職」を防ぐ基準を作る |
| 3. 制度設計 | 等級・報酬テーブルの作成 | 管理職と同等の対価を設定する |
| 4. 説明・移行 | 社員説明会の実施・移行措置 | 不信感を招かないよう透明性を保つ |
手順(1)導入目的の明確化と現状分析
「なぜ今、制度を変える必要があるのか分からない」。目的が不明確だと、社員からこうした疑問の声が上がり、協力が得られません。
まずは離職率のデータや従業員サーベイの結果を分析し、自社の課題を数値や事実で洗い出す作業が必要です。
「専門職の処遇改善が必要」「若手の定着率向上が急務」といった具体的な目的を定め、経営層と現場の認識をすり合わせることが、プロジェクトの出発点となります。
手順(2)具体的なコース区分と要件定義
多くの企業で、専門職の定義が曖昧なために「あの人は管理職になれなかったから専門職になった」と誤解を招く恐れがあります。
これを避けるには、各コースに求められるスキルや役割を言語化し、明確な要件を定義する必要があります。
「どのレベルの技術があれば専門職と呼べるか」という基準を作るのです。
ただし、要件が高すぎると対象者がいなくなってしまうため、現場の実態に即した現実的なラインを見極めるバランス感覚が重要です。
手順(3)コース別等級・報酬制度の設計
複線型キャリア制度を実効性のあるものとして機能させるためには、役割や責任の違いに応じた公正な報酬制度(賃金テーブル)をあらかじめ設計しておくことが不可欠です。
とくに、高度な専門性や希少なスキルを発揮する人材については、「管理職ではないから報酬が低い」という構造にならないよう配慮する必要があります。
そのため、専門職については、同格の管理職と一定程度オーバーラップする給与レンジを設定し、成果や貢献度によっては部長や課長クラスと同等、あるいはそれ以上の水準を用意することも現実的な選択肢です。
こうした設計により、専門性を磨き続けるキャリアが正当に評価される環境が整い、結果として人材の定着やモチベーション向上にもつながります。
既存社員との調整も必要になるため、数年かけて段階的に移行するなどの配慮も求められます。
手順(4)納得感を高める社員説明と移行措置
制度変更の際、説明不足は「人件費削減が目的ではないか」という不信感を招きかねません。
これを防ぐには、説明会などで制度の意図とメリットを丁寧に伝えるプロセスが不可欠です。
制度変更時の不満の多くは、結果そのものよりも「プロセスの不透明さ」に起因します。
給与が急激に下がらないようにする「激変緩和措置」を用意するなど、社員の生活を守る姿勢を示すことが、スムーズな移行の鍵となります。
手順(5)柔軟なコース転換ルールの策定
「一度専門職を選んだら、二度と管理職には戻れないのか。」



キャリアの硬直化に対する不安の声は少なくありません。
複線型人事制度は一度決めたら終わりではなく、ライフステージや志向の変化に合わせてコースを行き来できる柔軟性が重要です。
年に一度の自己申告制度などで、コース転換の機会を設けましょう。
この「再チャレンジ」や「軌道修正」ができる仕組みを最初から組み込んでおくことが、制度を長く運用する秘訣です。
具体的な企業導入事例と成功ポイント


導入を検討する際、「他社はどうやって成功させたのか」という具体的な事例は有益な指針となります。
多くの企業が試行錯誤の末に、自社の文化に合った制度を作り上げてきました。
重要なのは、成功事例の表面的なルールだけを真似るのではなく、その背景にある「なぜ導入したのか」「どう課題を乗り越えたのか」という意図を読み解くことです。
そこから、自社に適用するためのヒントが見えてきます。
事例(1)大手企業の専門職コース導入
りそなホールディングスは、年齢や勤続年数にとらわれず、意欲と能力を持つ社員が活躍できる「複線型人事制度(コース制)」を導入しています。
マネジメントを担うゼネラリスト向けのコースだけでなく、IT・リスク管理・企業法務など専門性を発揮できるスペシャリスト向けのコースも含め、現在は20のコースを用意しています。
これにより、社員は自らの志向や強みに応じて主体的にキャリアを選択できるようになりました。
多様なキャリアの選択肢を設けることで、一人ひとりの専門性を活かしながら活躍できる環境を整えている点が特徴です。
「20コース」という規模は大企業ならではですが、「選択肢を広げて自律的なキャリア形成を促す」という考え方自体は、企業規模を問わず応用できるアプローチだといえます。
事例(2)技術職の離職を防いだ成功例
JR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)では、安全運行を支える高度な技術を継承するため、技術系社員の専門性を重視した育成・評価の仕組みを整えています。
同社は、技術力の高い社員を育成・活用するために「技術専任役」「アドバイザー」「マイスター」などの称号を用いた研修・認定制度を設け、現場で培われた高度な技能の伝承を促進しているのです。



これらの取り組みにより、「管理職として昇進する」だけでなく、「現場の技術を極めて貢献する」というキャリアも尊重される環境がつくられています。
自社のエンジニアが評価に課題を感じている場合、このような技術専門職の役割やキャリアパスを整備することは、有効な改善策となり得ます。
ポイント:事例から学ぶ制度定着のカギ
多くの成功事例に共通しているのは、「制度を作って終わり」にしていない点です。
導入後も社員の声を聞きながら、運用ルールを微調整し続けている企業が成果を出しています。
制度は生き物であり、組織の変化に合わせて進化させる必要があります。
以下の表は、成功企業が実践している運用のポイントをまとめたものです。



これらを取り入れることで、制度の形骸化を防ぎ、持続可能な仕組みとして機能させることができます。
| 成功の要因 | 具体的なアクション | 失敗するケース |
|---|---|---|
| 柔軟なコース転換 | 年1回の自己申告や公募制度を設ける | 一度決めたら変更不可で硬直化する |
| 現場との対話 | 導入後もアンケートや面談で不満を吸い上げる | 制度を作って終わりで放置する |
| 明確な評価基準 | 「何をすれば専門職になれるか」を公開する | 基準が曖昧で「好き嫌い人事」と言われる |
まとめ


複線型人事制度は、管理職以外のキャリアパスを整備することで、専門人材の離職防止やモチベーション向上を実現できる有効な制度です。
導入にあたっては、専門職が単なる「受け皿」にならないよう明確な評価基準を設け、コース間の公平感を保つ設計が欠かせません。
現状分析から要件定義、報酬制度の設計、そして社員への丁寧な説明まで、段階を踏んで進めることが成功の秘訣です。
もし、人事制度の見直しや導入プロジェクトにおいて、外部の専門的な知見や人材が必要な場合は、人事職特化の人材紹介サービス「Carry Up」までお気軽にご相談ください。







コメント